ボクらは自由な大学生を謳歌する

現役筑波大学生がプロブロガーになるお話

follow us in feedly

読めばきっと、父の顔がみたくなる。重松清/『とんび』の感想

本書を手に取った理由は、いのちをかけて執筆した作者には失礼かもしれないが、

 

ホリエモンが獄中で読んで泣いたと知ったからだった。

 

それまで重松清の作品は、一冊もよんだことがなかった。

 

国語の問題で「よもぎ、苦いか、しょっぱいか」を読んだだけであった。

 

400ページほどの分厚い小説。

 

ハマらなかったら途中で読むのをやめてしまうかもしれない。

 

そんな一抹の不安は杞憂に終わる。

 

たった一冊でボクは、

 

重松清に魅せられたのだ。

 

あらすじ

 昭和三十七年、ヤスさんは生涯最高の喜びに包まれていた。

 

 愛妻の美佐子さんとのあいだに待望の長男アキラが誕生し、家族三人の幸せを噛みしめる日々。

 

 しかしその団らんは、突然の悲劇によって奪われてしまう――。

 

 アキラへの愛あまって、時に暴走し時に途方に暮れるヤスさん。

 

 我が子の幸せだけをひたむきに願い続けた不器用な父親の姿を通して、いつの世も変わることのない不滅の情を描く。

 

 魂ふるえる、父と息子の物語。

 最愛の妻、美佐子さんの死

『とんび』の物語の中で、最も重大なのは他でもない、

 

ヤスさんの妻、美佐子さんの死である。

 

しかもそれは、息子アキラをかばっての事故死であった。

 

アキラは当時四歳の誕生日を迎えるまえ。

 

物心つくよりも早く、美佐子さんは逝ってしまった。

 

こうして物語序盤、ヤスさんとアキラの親子二人暮らしが始まるのである。

母がいない、幼いアキラの静かな寂しさ

幼少期のアキラは、実にいい子で育った。

 

近所では、悪ガキだったヤスさんから生まれたアキラを見て、

 

とんびが鷹を産んだと洒落めいて言う。

 

しかし、こと母親がいないということに関して、

 

幼いアキラには、小さいことだけれども、

 

様々な出来事が襲い掛かる。

 

ヤスさん自身も、そのことで悩み、再婚すら考え始めた時、

 

幼馴染の照雲の父、海雲和尚はヤスに言う。

「ヤス、海に雪は積もっとるか」

 

「はあ?」

 

「ええけん、よう見てみい。海に降った雪、積もっとるか」

 

 積もるわけがない。空から降ってくる雪は、吸い込まれるように消えていく。

 

「お前は海になれ」

 

 和尚は言った。静かな声だったが、一喝する声よりも耳のずっと奥深くまで届いた。

 

「ええか、ヤス、お前は海になるんじゃ。海にならんといけん」

 

「……ようわからんよ、和尚さん」

 

「雪は悲しみじゃ。悲しいことが、こげんして次から次に降っとるんじゃ、そげん想像してみい。

 

地面にはどんどん悲しいことが積もっていく。色も真っ白に変わる。

 

雪が溶けたあとには、地面はぐしゃぐしゃになってしまう。

 

お前は地面になったらいけん。海じゃ。

 

なんぼ雪が降っても、それを黙って、知らん顔して呑み込んでいくような海にならんといけん」

 

 ヤスさん、黙って海を見つめる。眉間に力を込めて、にらむようなまなざしになった。

 

「アキラが悲しいときに、お前まで一緒に悲しんどったらいけん。

 

アキラが泣いとったら、お前は笑え。泣きたいときでも笑え。

 

二人きりしかおらん家族が、二人で一緒に泣いとったら、どげんするんな。

 

慰めたり励ましたりしてくれる者はだーれもおらんのじゃ」

 

 和尚が海に突きだした握り拳はかすかに震えていた――寒さのせいではなく。

 

「ええか、ヤス……海になれ」 

ヤスさんとアキラを支える、心あたたかな仲間たち

アキラが産まれて三年。

 

美佐子さんを亡くし、二人きりになった家族を支えたのは、

 

周囲のやさしいひとたちだった。

 

幼馴染の照雲、その父・海雲和尚、妻の頼子さん。

 

みんなのたまり場の居酒屋「夕なぎ」のたえ子さん。

 

会社の同僚、後輩たち。

 

そのどれもが、ヤスさんの生き方に惚れ、

 

ヤスさんの境遇にかなしみ、

 

アキラへの愛情にあふれている。

 

時にはげまし、時に怒り、

 

時に涙する。

 

そんなあたたかい登場人物たちも、本作の大きな魅力の一つだ。

ふたつの嘘と真実

幼いアキラには、母美佐子さんが亡くなった事故について、

 

詳しい説明を避けていた。

 

アキラが、母の死は自分をかばったことによるものだと、

 

自責の念を負わせたくなかったのである。

 

しかし、アキラの成長は早いし、時間が解決してくれるものでもない。

 

ヤスさんは、アキラが小学六年生の時に、

 

ついに美佐子さんの事故について打ち明けることにした。

 

だが、そこでヤスさんは、

 

美佐子さんはアキラではなく、自分をかばって死んだ、と

 

うそをついたのだ。

 

アキラが自分を責めることになるより、

 

父である自分を憎む、その方がいいと思ったのだ。

 

だが、その嘘は、アキラが成人したときに、

 

思わぬ形で明らかになる。

 

ふたつの嘘と真実、

 

これがいったい何を示すのか、

 

それは本書を読むことで、明らかにしてほしい。