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堀江貴文『すべての教育は「洗脳」である』から名言をピックアップしてまとめた!!

こんにちは、おさるです。

 

今回は、堀江貴文氏の名著『すべての教育は「洗脳」である』から、グッと響く名言をチョイスします!

 

学校は国策「洗脳機関」である

学校が教えることの9割は「知識」ではないからだ。学校にとっては知識など、添え物程度の意味しかない。学校はただゆがみきった「常識」を植え付けるために存在する機関なのである。

 

今になって思えば、僕が生意気だったのは、落ちこぼれだったからでも、ドロップアウトしたからでもない。大人たちが押し付けるつまらない常識に従わなかっただけなのだ。常識を疑い、常識に背を向けたからこそ、今の自分がある。かくして僕は運良く「洗脳」されずにすんだのだ 。

序盤からかなり鋭く、きわどい意見。

日本中で、教育機関のすべてが洗脳機関だと言ってのける人は、おそらく堀江さんしかいないでしょう。

「所有」のためにやりたくないことに従事する時代は終わった

インターネットの登場がもたらした恩恵は、「他者と通信できる」ことではない。情報やモノ、あらゆるものの「所有」の価値を著しく下げたことなのである。これこそ、インターネットのもたらした社会変化が「情報革命」と呼ばれる所以だ。

 

これからの時代に重要なのはむしろ、「やりたいこと」のためにどれだけ本気になれるかだ。なぜなら、支持や共感を得られるのは、心からやりたいことをやっている人だけだからである。 

所有の価値が下がったことで、人々は何かを所有するために無理して働く必要がなくなるということですね。

すなわち、お金を持つことにも大して意味がなくなる。

シェアリング・エコノミーの発展は間違いなくインターネットのおかげだということです。

学びとは「没頭」である

何のために何をするのか、どんな風にするのか、すべてを自分で決め、自ら責任を負いながら突き進む力。新しい時代を楽しく生きるために必須のこの能力を、僕はシンプルに「没頭する力」と呼んでいる。

 

「こんなの、できっこない」 と。どうしてわざわざ自分にブレーキをかけるのか? 答えは簡単だ。「学校」でそう洗脳されたからである。

 

つまり没頭とは、探すものでもなく、頭を使って到達するものなのだ。入り口は、極論を言えば何でもいい。ポイントはただ一つ。自分がその取り組みの中で、ルールを決めるボスになれるかどうかなのだ。

自分の進む道を自分で選ぶ。もちろん責任は自分で負いながら。

この考え方は非常に強い考え方です。

これまでの日本社会の人々は会社や学校という組織に属することで守られてきました。

しかしそれは、当時の組織が強い力を持っていたから。

現在の日本社会において、その組織にはもはやボクらを守ってくれるほどの力はありません。

これからは自分の身は自分で守る、そんな時代になってくるのです。

貯金型思考が没頭の邪魔をする

将来への「蓄え」を重んじる考え方のことを「貯金型思考」と呼ぼう。すぐに働こうとしない人、学校で学ぶことに執着する人たちはみんな、この「貯金型思考」に強くとらわれている。

 

貯金はお金を「使わない」でいることだ。

貯金額とは、「財産を使わなかった=我慢した量」が可視化したものだと言える。

 

「貯金型思考」を回避するべき理由は明らかだろう。我慢は没頭する力を押し殺し、人から本質的な学びの機会を奪う魔物だからである。

 

あなたの価値を最大化するのは、「どれだけ我慢したか」ではなく、「どれだけ自ら決断したか」なのである。

 

「人生のここぞという場面でお金を一気に投入すべし」。この理屈自体には、僕も反対しない。その通りだ、とすら思う。ただし、僕の考える「持っているものを大胆に使うべき大事な場面」は、結婚する時でも老後でもない。

それは「今」だ。

 貯金型思考の対義語は「投資型思考」。

つまり、今の積み重ねが未来になるのだから、今を全力で生きられない人に成功はないということです。

今後の社会は、個人の自発的に動く力が求められています。

受動的な存在はロボットで事足りますからね。

 

基本的にはいつもの堀江節な本ではありますが、ここまできれいにまとまった堀江節はなかなかありませんね。

 

さて気になった方はぜひポチっとしてみてください笑。