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ボクは自由な大学生を謳歌する

現役筑波大学生がプロブロガーになるお話

就活なんてしたくない。これからの社会を担うゆとり世代の本音

おさるの物申す おさるの物申す-物申す

 

 

就活なんてしたくない、ボクはそう思います。

 

そもそもどこかの企業の歯車になって労働力を提供するだけの人生は非魅力的です。

 

もちろん成果主義をとるならばまあまだ良いかなとも思いますが、だとしても他の誰かもわからない会社に勤めるのは肌感覚でいやだと言いたい。

 

ボクがこう感じる理由はただ一つ、仕事というものが人生の大半の時間と体力、思考力を費やすものだからです。

 

その非常に大切な選択を、たった20そこらの状態で決めてしまう、こんなにリスキーなことはないと思います。

 

今、ボクら大学生は「ゆとり世代」と言われ、社会からバカにされています。

もちろんすべての人がそうではありませんし、すべての人がいわゆるゆとり的な人間であるわけでもありません。

 

しかし、一般的にはそうみられるのです。

何かしょうもない失敗をしたり、何かやらかしてしまったら、必ずと言っていいほどボクらにはゆとり世代というラベルを貼られる。

このこと自体はもはや社会の傾向ですからもう仕方ありません。

ボクらゆとり世代が何を言ったところで相手にはされませんから。

それにもちろんボクらにだって悪いところはあります。

 

でもそんなゆとり世代の人間から言わせてもらえば、一般的な大人が勤める企業には就職なんてしたくありません。

なぜならそこはお金を稼ぐ代わりに、人生を犠牲にするところにしか見えないから。

 

大人の人たちが持つ「ゆとり世代」という分かりやすいラベルは、根性がないとか、常識がないとか、仕事ができないとかいろんなマイナス要素を示しているでしょう。

それはゆとり教育を受けた世代が社会に出始めたころから見られるようになりました。

 

しかし現在、これと全く同じ現象が、全く逆の状態で起こっていることをボクたちは感じることができるのです。

 

相次ぐ労働問題、サービス残業、低賃金、セクハラ、過労死、挙げればキリがありません。それでも現状を変えようとしないたくさんの企業。

そしてとうとう起こったのが、電通問題。

ここに来て初めて、社会は労働問題というものは深刻な問題なのだと認識したのです。

それに伴い、ようやく様々な措置がとられ始めました。他の労働問題も次々と明るみに出ました。ネット上でも労働関係の意見がたくさん交わされるようになりました。

 

そして社会に、「ブラック企業」というラベルが本格的に浸透したのです。

大手企業ならブラックじゃないはず、そんな考えは迷信にすぎないことも広がりました。

今や社会にある企業は、ブラック企業のラベルを貼られないように、もしくはそれをはがせるように奮闘しているようにも見えます。

 

当然ボクら大学生は、ブラック企業を避けます。

理由はとても単純です。人生の大半を費やす仕事だから。

近年若い世代によるベンチャーが頻繁にみられるようになりました。

これはもちろん、企業のハードルが下がったこともありますが、学生たちが自分で仕事を創ることを選んだ結果の行動であったことも大きな要因でしょう。

 

 

就活なんてしたくない。

ボクはそういう風に思います。

なぜなら社会にはブラック企業が溢れているようにしか見えないからです。

もちろん現実にはそうじゃないでしょう。ホワイトなところだってあります。

でも調べればたくさん出てくるでしょうし。

しかしボクはそういうことを言いたいわけではないのです。

社会から「ゆとり世代は使えない」といわれることと同じ次元での話なのです。

 

だから大人たちには、ボクらが働きたいなと思う会社を、社会を創ってほしいと思います。

そうなって初めて、既存の企業に就職するか、自分で事業を起こすか、という選択が成り立つはずです。

 

なーんてゆとり真っ盛りのブロガーが書いてみました。